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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)308号 判決 1984年6月28日

原告

住友重機械工業株式会社

右訴訟代理人弁理士

小山総三郎

加藤正信

被告

特許庁長官

右指定代理人通商産業技官

岩間芳雄

外二名

主文

特許庁が昭和五六年一〇月二一日、昭和五一年審判第九一四四号についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は昭和四六年一一月二二日、名称を「合成樹脂フィルム成形用ダイ」とする考案につき実用新案登録出願(昭和四六年実用新案登録願第一〇八六〇五号)をしたが、昭和五一年七月二七日拒絶査定があつたので、昭和五一年八月二五日、審判を請求し昭和五一年審判第九一四四号として審理され、昭和五五年一一月一七日付で実公昭五五―四九二二五号として公告されたが、実用新案登録異議申立を受けたため、昭和五六年六月三日付で手続補正(以下「本件補正」という。)をしたところ、昭和五六年一〇月二一日補正却下の決定(以下「本件却下決定」という。)と共に、同日「登録異議の申立は理由がある。」旨の登録異議の決定及び「審判請求は成り立たない。」の審決があり、昭和五六年一一月二五日それらの謄本が原告に送達された。

二  本願考案の実用新案登録請求の範囲

1  本件補正後

ダイ1の出口平行間隙2の両端に装着した平行間隙と略同一厚さの板状体3及び該板状体よりもリップ6側に間隙をもつて配設した円形ディケルバー5を樹脂押出方向に対し独立して直角に出入可能とし、板状体3のダイ1中央に面した樹脂押出側端部を円弧状4に形成したことを特徴とする樹脂フィルム成形用ダイ。

2  本件補正前

ダイ1の出口平行間隙2の両端に装着した平行間隙と略同一厚さの板状体3及び該板状体よりもリップ6側に配設したディケルバー5を樹脂押出方向に対し直角に出入可能とし、板状体3のダイ1中央に面した樹脂押出側端部を円弧状4に形成したことを特徴とする樹脂フィルム成形用ダイ。

三  審決理由の要旨

本件補正が却下されたので、本願考案の要旨は出願公告された前項2に記載されたとおりのものと認める。

そこで、米国特許第三〇一八五一五号明細書(以下「引用例」という。)を検討するに、引用例には、本願考案が記載されている。

したがつて、本願考案は実用新案法第三条第一項三号の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件却下決定理由の要旨

本件補正は、実用新案登録請求の範囲の記載を補正し、ディケルバー5が、(1)円形であること、(2)リップ6側に板状体3と間隙をもたせて配設すること、及び、(3)板状体3とは別個に、独立して出入可能とすることを本願考案の必須の構成要件に加えるとともに、それに対応して考案の詳細な説明の項の記載を補正し、また、「板状体3とディケルバー5との間隙に流入した樹脂圧により、リップ側に圧着された」なる記述及び「また、板状体3とディケルバー5とは、独立して別個に出入可能であるから、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択することができ、樹脂の粘度、温度、押出圧力等ネックインの原因となる要因に即応して微妙な調節が可能であり、全幅にわたり均一な肉厚が得られる」なる記述を加入しようとするものである。

しかし、出願公告時の明細書及び図面には、板状体3とディケルバー5との間に「間隙」を設けることについては、「接触して若しくは所望間隙をもつて」と接触させる場合と併列記載しているのみで、「間隙」をそこに流入する樹脂圧によりディケルバー5をリップ6側に圧着する機能を有するものとして設けることについては何等記載されておらず、また、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるように、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能にし、もつてネックインの原因となる要因が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚が得られるようにすることについても何等記載されておらずこれらの事項が自明のことであるとすることもできない。

してみれば、実用新案登録請求の範囲の補正は実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものである。また、本件の場合明細書に誤記あるいは明瞭でない記載があつたとはいえないから、考案の詳細な説明の項の右補正は、誤記の訂正或は明瞭でない記載の釈明を目的とする補正であるとはいえない。

五  審決を取消すべき理由

本件補正前の考案が引用例記載のものと同一であることは争わない。しかしながら本件補正は、実質変更を伴わない実用新案登録請求の範囲の減縮、および不明瞭な記載の釈明を目的とするものであつて適法であるにも拘らず、これを却下した補正却下の決定は判断を誤つた違法なものである。

この誤つた補正却下の結果、審決は、本願考案の要旨認定を誤まり、引用例と同一考案と誤認したものであつて、取り消されるべきである。

1  出願公告をすべき旨の決定の謄本送達後の補正(以下「出願公告後の補正」という。)適否の判断基準について

適法な手続補正を経て公告された明細書又は図面を基準として判断し特許法第六四条の要件を満たしていれば、敢えて願書に最初に添付した明細書又は図面と対比するまでもなく、当然に願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した範囲内のものである。

若し、仮に、公告された明細書又は図面を基準として判断して特許法第六四条の要件を満たしているにも拘らず願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した範囲内でない補正がありうるとすれば、その補正が特許法第六四条の規定に違反するのではなく、公告前になされた補正が要旨変更であつたといわなければならない。

このような場合には、登録後第三者の利益との関連において問題が生じたとき、特許法第四〇条の規定により出願日が繰下ることはあり得ても、特許法第六四条違反として特許法第五四条第一項の規定により補正却下することは誤りである。なんとなれば、特許法第六四条は、同法第四一条と異なり、出願当初の明細書又は図面についてなんら触れるところがないからである。

そして公告前の補正を特許法第五三条第一項の規定により補正却下されたのであれば、同条第四項の規定により補正後の考案について新たな実用新案登録出願をすることが可能であるが、公告前の補正を認めておきながら、公告後の補正の段階で特許法第五四条の規定により補正却下されたのでは、補正後の考案について新たな実用新案登録出願をする途が閉され、出願人の利益は不当に奪われることになる。

そもそも、特許法第六四条の規定は同法第一二六条の規定と同趣旨のものであつて、しかも、第六四条第二項は第一二六条第二項の規定をそのまま準用しているのであるから、「実質変更」に当るか否かについての解釈は特許法第一二六条第二項の場合と全く同じとするのが妥当である。

したがつて、特許法第六四条にいう願書に添付された明細書又は図面とは公告された明細書又は図面と解釈すべきである。仮に、この公告された明細書又は図面が出願当初の明細書又は図面の要旨を変更したものであつたとしても、このことに変りはないのである。

本願の場合、公告前の補正は適法にされており、出願公告により本件補正前の考案を公衆に開示しているのであるから、公告された本件補正前の考案を基準として、特許法第六四条の規定に違反しているか否かについて判断すればそれで充分である。もし仮に、本件補正後の考案が出願当初の明細書又は図面に記載されていないものであるとすれば、本件補正前の考案もまた出願当初の明細書又は図面に記載されていなかつたことになり、公告前の補正が要旨変更であつたことになる。このような瑕疵がある場合には、登録後第三者の利益との関連において問題が生じたとき特許法第四〇条の規定により出願日が公告前の手続補正書提出の時まで繰下ることがありうるという不利益は甘受せざるを得ないが、特許法第五四条第一項の規定により補正却下され、登録を拒絶されるいわれはない。

したがつて、本件却下決定は、公告決定謄本送達前の補正を是認したうえで、公告された明細書及び図面に記載された考案と本件補正後の考案とを対比して判断されたものであり、審決も、同じく公告決定前の補正を是認したうえ、本件却下決定の結果、本願考案の要旨を認定し、引用例と同一考案であると判断したものとみるべきであるから、出願当初の明細書又は図面との対比を論ずるとすれば誤りであるといわなければならない。

2  本件却下決定の違法について

本願考案は、板状体3とディケルバー5との間に、図面上認識しうる、少なくとも樹脂が流入することの可能な程度の間隙を有する点で出願当初から一貫しており、出願公告公報においても、その点は明らかである。したがつて、この点を前提とすれば本件補正は次のとおり、実用新案登録請求の範囲の減縮と、明瞭でない記載の釈明にとどまるものというべく、何ら実用新案法第一三条で準用する特許法第六四条の規定に違反するものでないのに、これに該当するとした本件却下決定は違法である。

(一) 実用新案登録請求の範囲の補正について

実用新案登録請求の範囲の補正は減縮を目的とするものであつて、なんら実質変更を伴なうものではなく、審決が、出願公告時の明細書及び図面には、板状体3とディケルバー5との間に「間隙」を設けること自体は記載されているが、この「間隙」をそこに流入する樹脂圧によりディケルバー5をリップ6側に圧着する機能を有するものとして設けることについては何ら記載されていないとし、さらに、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるように、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能にし、もつてネックインの原因となる要因が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚のものが得られるようにすることについては何等記載されておらず、明細書および図面の記載からこれが自明のことであるとすることもできない、とした判断は誤つている。

(1) 板状体3とディケルバー5との間に間隙を設けることについては、図面に明記されており、かつ、明細書中にも「接触して若しくは所望間隙をもつて」と接触させる場合と併列して記載し説明されている。

本件却下決定認定のとおり、「間隙」をそこに流入する樹脂圧によつてディケルバー5をリップ6側に圧着する機能を有するものとして設ける旨の積極的記載はないが、公告明細書に記載された考案は、「接触する場合」と「間隙をもつ場合」の双方を包含していたため、「間隙をもつ場合」のみの効果を記載すると、実用新案法第五条第三項に違反することとなるおそれがあるので記載しなかつたにすぎないものである。

しかしながら、「押出機より溶融状態で押出された合成樹脂はダイ1に送出され、この位置でダイ1の平行間隙2に挿入した板状体3により予め横方向(押出方向と直角方向)の幅を規制され出口に向うに従つて円弧4に沿つて多少拡張された後、ディケルバー5により完全に幅を決定される。」と記載されており、他方、板状体3とディケルバー5との間に「間隙」があればその「間隙」に溶融状態で押出された樹脂が流入することは技術常識上明らかであり、流入する樹脂圧によつて極細のディケルバー5をリップ6側に圧着するよう作用することもこれまた自明といわなければならない。

したがつて、出願公告時の明細書および図面には、この「間隙」をそこに流入する樹脂圧によりディケルバー5をリップ6側に圧着する機能を有するものとして設けることについての積極的記載はないが、これは明細書および図面の前記記載からみて自明のことである。

(2) ディケルバー5が板状体3とは別個に独立して出入可能であることは、「ダイ1の出口平行間隙2の両端部に装着した平行間隙と略同一厚さの板状体3及び該板状体よりもリップ6側に配設したディケルバー5を合成樹脂フィルム押出方向に対して直角に出入可能とし、」の記載および「2はダイ1の出口平行間隙で両端部に板状体3がフィルム押出方向に対し直角に出入可能に装着されている。」ならびに「ディケルバー5が板状体3と同様、フィルム押出方向に対し直角に出入可能に装着されている。」の記載により明らかである。また、図面においても板状体3とディケルバー5とは別体として明示されており、両者が各別に独立して出入可能であることは極めて容易に理解される。

一方、「押出機より溶融状態で押出された合成樹脂はダイ1に送出され、この位置でダイ1の平行間隙2に挿入した板状体3により予め横方向(押出方向と直角方向)の幅を規制され出口に向うに従つて円弧4に沿つて多少拡張された後、ディケルバー5により完全に幅を決定される。一方肉厚は、最終的にはリップ6により決定されるが、両端部は板状体3の円弧のため押出圧力が弱くなり、樹脂の流量が少なくネックインによる幅方向の収縮を起しても、成形フィルムの全幅にわたり略均一肉厚のフィルムを得ることができる。」の記載および「以上述べたとおりこの考案によれば、両端部の樹脂流量を予めネックインによる収縮を見込み少くすることにより完成品の肉厚を全幅にわたり均一にすることが可能であるから……」の記載によれば、樹脂の流量が少なくなるのは板状体3の円弧のためであることが明示され、この円弧の長さは板状体3とディケルバー5の相対位置により定まることは、明らかであり、両端部の樹脂流量の減少の度合はディケルバー5の後退の度合により定まることも自明である。両端部の樹脂流量を予めネックインによる収縮を見込み少なくするとは、ネックインによる収縮を見込んで、(材料樹脂の性状により収縮の度合が大きいときはディケルバー5を相対的に後退させ、収縮の度合が少ないときはディケルバー5を前進させ)円弧の長さをネックインによる収縮の度合に応じて選択し両端部の樹脂流量を少なくするということにほかならない。

右のとおり公告明細書には、板状体3とディケルバー5とが各別に独立して出入可能であることが明示され、かつ、ネックインによる収縮を見込んで両端部の樹脂流量を少なくすることにより完成品の肉厚を全幅にわたり均一にすることが可能であることが明示され、両端部の樹脂流量が少なくなるのは板状体3とディケルバー5との相対位置により定まる板状体3の円弧のためであることが明示されているのであるから、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能としたことの目的は、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるようにすることにあり、その効果はネックインの原因となる要因(樹脂の粘度、温度、押出圧力など)が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚のものが得られるようにすることにあることは自明である。

右のとおり、出願公告時の明細書および図面には、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるように、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能にし、もつてネックインの原因となる要因が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚のものが得られるようにすることについて積極的な記載はないが、これは明細書および図面の前記記載から自明のことである。

(3) 実用新案登録請求の範囲の補正は、補正却下の決定において認定のとおり、ディケルバーが①円形であること、②リップ6側に板状体3と間隙をもたせて配設すること、及び、③板状体3とは別個に独立して出入可能にすることを本願考案の必須の構成要件として加えることにあり、この補正は、明らかに請求範囲の減縮を目的とするものであつて実質変更を伴なうものではない。

(二) 明瞭でない記載の釈明

次に、

(イ) 明細書第四頁一行「された後、」の次に「板状体3とディケルバー5との間隙に流入した樹脂圧によりリップ6側に圧着された」なる記述を加入すること。

(ロ) 明細書第四頁八行と九行との間に、「また、板状体3とディケルバー5とは、独立して別個に出入可能であるから、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択することができ、樹脂の粘度、温度、押出圧力等ネックインの原因となる要因に即応して微妙な調節が可能であり、全幅にわたり均一な肉厚が得られる。」なる記述を加入すること。

の二点について、審決が、本件の場合、明細書に誤記あるいは明瞭でない記載があつたとはいえないから、誤記の訂正あるいは明瞭でない記載の釈明を目的とするものとはいえないとした判断は誤つている。

(1) 補正事項(イ)について

本件補正前の実用新案登録請求の範囲によれば、板状体3とディケルバー5との間に「間隙」を設ける旨の限定がなかつたが、本件補正により「間隙」を設ける旨の限定を加えて請求範囲を減縮したので、これに伴ない「間隙」を設けたことによる考案の効果を一層明確にするため、補正事項(イ)を加えたものである。

本件補正前の明細書はこの点に関する効果の記載が不十分で請求の範囲と考案の詳細な説明との間に矛盾が生じるおそれや、考案の新規性・進歩性に疑問が生ずるおそれがあつたので、その説明を補足することにより、補正後の実用新案登録請求の範囲に記載された考案の新規性・進歩性を明確にしたのであり、補正事項(イ)はまさに不明瞭な記載の釈明を目的とすることは明らかである。

(2) 補正事項(ロ)について

本件補正前の実用新案登録請求の範囲によれば、ディケルバー5を樹脂押出方向に対して直角に出入可能とする旨の限定のみで独立して出入可能とする旨の限定がなかつたが、本件補正により独立して出入可能とする旨の限定を加えて請求範囲を減縮したので、これに伴ない独立して出入可能としたことによる考案の効果を一層明確にするため、補正事項(ロ)を加えたものである。

本件補正前の明細書はこの点に関する効果の記載が不十分で請求範囲と考案の詳細な説明との間に矛盾が生ずるおそれや、考案の新規性・進歩性に疑問が生ずるおそれがあつたので、その説明を補足することにより、補正後の実用新案登録請求の範囲に記載された考案の新規性・進歩性を明確にしたのであり補正事項(ロ)はまさに不明瞭な記載の釈明を目的とすることは明らかである。

第三  被告の答弁

一  請求の原因一ないし四の事実は認める。

二  請求の原因五の審決取消事由の主張は争う。

本件却下決定の結果、本願考案の要旨を出願公告時のとおり認定した審決の判断は、次のとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

1  出願公告後の補正適否の判断基準について

出願公告をすべき旨の決定の謄本を送達した後の補正が、特許法第六四条第一項ただし書各号の要件を目的とするものであるかどうかの判断は、出願公告した明細書又は図面(補正の直前の明細書又は図面)を基準とすべきものである。また、同条第二項で準用する同法第一二六条第二項で規定する実質上特許(実用新案登録)請求の範囲を拡張し又は変更するものであるかどうかの判断も、同様に、出願公告した明細書又は図面(補正の直前の明細書又は図面)を基準とすべきものである。しかし、当然に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内になければならない。

その理由を次に述べる。

(一) 補正が、特許法第六四条第一項ただし書各号の要件を目的とするものであるかどうかの判断を、何を基準としてするのかについて明文の規定はないが、同条第一項本文で、補正の対象を、願書に添付した明細書又は図面(補正の直前の明細書又は図面)としており、しかも、補正の対象となるもの以外のものが補正の適否判断の基準となるとは考えられないから、補正が、特許法第六四条第一項ただし書各号の要件を目的とするものであるかどうかの判断は、補正の直前の明細書又は図面(出願公告した明細書又は図面)と解するものが妥当である。

(二) 特許法(実用新案法)は、出願公告した明細書における特許(実用新案登録)請求の範囲が、願書に最初に添付した明細書における特許(実用新案登録)請求の範囲を増加し減少し又は変更したものとなることを予定している(特許法第四一条)。してみると補正が、特許法第六四条第一項ただし書第一号の要件を目的とするものであるかどうかの判断基準を、願書に最初に添付した明細書における特許(実用新案登録)請求の範囲におくことは不合理であり、判断基準が、補正の直前の明細書(出願公告した明細書)における特許(実用新案登録)請求の範囲以外にあるとすることは考えられない。

また、補正が、特許法第六四条第一項ただし書第二号又は第三号の要件を目的としているかどうかの判断は、補正の直前の明細書又は図面(出願公告した明細書又は図面)を基準とする以外には考えられない。

(三) 以上述べたとおり、補正が、特許法第六四条第一項ただし書各号の要件を目的とするものであるかどうかの判断は、補正の直前の明細書又は図面(出願公告した明細書又は図面)を基準とすべきものである。

同じ特許法第六四条の規定の中で、補正の適否判断の基準がまつたく相違するとは考えられないから、補正が、特許法第六四条第二項で準用する同法第一二六条第二項に規定する要件を満たすかどうかの判断も、同様に、補正の直前の明細書又は図面(出願公告した明細書又は図面)を基準とすべきものである。

また、補正の対象が、出願公告した明細書又は図面であるから、(一)項で述べたと同じ理由により、補正の適否判断の基準は、出願公告した明細書又は図面であると解するのが妥当である。

(四) また、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前には、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であれば、明細書又は図面を補正することができるから、特許法(実用新案法)は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項の一部が削除されて出願公告されることを予定していることは明らかである。もし仮に、補正が、特許法第六四条第二項で準用する同法第一二六条第二項に規定する要件を満たすかどうかの判断を、願書に最初に添付した明細書又は図面を基準として行なうとすると、この削除した事項を加えることは可能になり、その結果、出願公告した明細書における特許(実用新案登録)請求の範囲を拡張し又は変更することになる場合もおこりうることになる。

ところで、出願公告され仮保護の権利が発生した後において、この仮保護の権利を拡張し又は変更することができる旨の規定を、特許法(実用新案法)が設けているとは考えられない。

してみると、補正が、特許法第六四条第二項で準用する同法第一二六条第二項の規定を満たすかどうかの判断は、前記削除した事項を包含しない出願公告した明細書又は図面を基準としてするとするのが妥当である。

(五) 出願公告をすべき旨の決定の送達前にした補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でのみ特許(実用新案登録)請求の範囲を増加し減少し又は変更することが認められているのであるから、出願人は、補正をする場合には、その補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであると認識していたことは明らかであり、また、出願公告は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであることを認めた上でされていることは明らかである。

したがつて、出願公告した明細書における特許(実用新案登録)請求の範囲は、願書に最初に添付した明細書又図面に記載した事項の範囲内のものであり、範囲外のものとなることは許されず、また、補正した特許(実用新案登録)請求の範囲は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内になければならない。

2  本件却下決定について

公告時における本願考案の板状体3とディケルバー5との間の間隙は、それぞれが本体に対して動きうる程度のものとしか解されず、その点では出願当初と公告時においても変らない。この点を前提とすれば、本件却下決定は、その理由に示すとおり適法である。

(一) 実用新案登録請求の範囲の補正について

ある考案の技術的構成要件に、さらにある構成要件を付加することにより、表面上、その考案が限定され、あたかも実用新案登録請求の範囲が減縮されるような場合でも、一方でその考案に新たな別の目的、効果を付加することは、実質上考案を異ならせることになるから、補正により、このような差異を生ぜしめることは、実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものとして許されない。

ところで、公告後補正により補正された明細書及び図面における本願考案(以下「補正後の考案」という。)と、本件補正前の明細書及び図面における本願考案(以下「補正前の考案」という。)を対比すると、補正後の考案は、(1)板状体3とディケルバー5との間に「所望の間隙をもたせる」、(2)板状体3とディケルバー5とを「独立して」出入可能にする、という新たな構成要件を付加することにより、(1)ディケルバー5をダイ1のリップ側に圧着させる、(2)材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対的位置を任意に選択でき、樹脂の粘度、温度、押出圧力等ネックインの原因となる要因に即応して微妙な調節が可能であり、全幅にわたり均一な肉厚が得られる、という補正前の明細書及び図面には全く記載されていない作用効果を付加するものであり、新らたな課題を解決するものであるから、補正後の考案は、補正前の考案の目的及び作用効果の範囲を逸脱した別異のものである。

なお、補正は、出願当初の明細書又は図面に記載した範囲内になければならないから、補正前の明細書における「所望の間隙」の記載を、出願当初の明細書又は図面に記載した範囲からはずれたものを意味するものとして解することはできない。

補正前の明細書及び図面には板状体3とディケルバー5との間に「間隙」を設けることについては、「接触して若しくは所望の間隙をもつて」と接触させる場合と併列して記載し、「間隙」を設けたために解決される課題、その機能、作用効果については何も記載されていないのであるから、板状体3とディケルバー5とを接触して配設する場合と、所望の間隙をもつて配設する場合とは、同等のものとして記載されていたということができる。

なお、前記の「所望の間隙をもつて」の記載は、願書に最初に添付した明細書(以下「出願当初の明細書」という。)にはなかつた記載で、出願公告前の昭和五五年七月四日付の手続補正(以下「公告前補正」という。)により初めて加入されたものである。もつとも、願書に最初に添付した図面(以下「出願当初の図面」という。)の第1図には、板状体3とディケルバー5との間には、間隙があるように描かれてはいるが、第1図のⅡ―Ⅱ線に沿う正断面図である第2図には、板状体3とディケルバー5とは密着して描かれており、また、第1図においても、板状体3とディケルバー5の間のみならず、間隙があつてはならない板状体3と出口平行間隙2との間に間隙があるとして描かれているのをみれば、第1図は、正確な位置関係をもつて描かれているものとはいえず、図面は、板状体3とディケルバー5との間に間隙を設けることを明確な意識をもつて描いているものであるとはいえない。

補正前の明細書及び図面には、板状体3とディケルバー5を樹脂押出方向に対し「独立して」直角に出入可能とすること、この構成により解決される課題、作用効果については何も記載されていない。

前述のとおり、出願当初の明細書又は図面には、所望の間隙を設けることについて明確に記載されてはおらず、また、その機能、作用効果についても何も記載されていないのであるから、補正前の明細書における「所望の間隙」の記載は、この限度のものとして解すべきものである。

また、もし仮に、補正前の明細書又は図面に、補正後の考案が記載されていたとしても、それを根拠として、出願当初の明細書又は図面に記載されていない考案に補正することが許されるものではない。

また、原告は、ディケルバー5が板状体3とは別個に独立して出入可能であることは、公報の記載より明らかである旨主張するが、原告が摘示する公報第2欄八行ないし一二行には、板状体3及びディケルバー5がフィルム押出方向に対して直角に出入可能であること、公報第2欄二三行ないし二五行には、板状体3がフィルム押出方向に対して直角に出入可能に装着されること、公報第2欄三〇行ないし三二行には、ディケルバー5が板状体3と同様にフィルム押出方向に対して直角に出入可能に装着されることが示されているだけで、ディケルバー5と板状体3とは別個に独立して出入可能であることは何ら示されておらず、また、明らかでもない。

図面においても、板状体3とディケルバー5とは別体としては示されてはいるが、第2図においては、板状体3を動かすロッドの左側とディケルバー5の左側は省略されて描かれているのであるから、第2図からは、板状体3とディケルバー5両者の関連は不明であり、両者が各別に独立して出入可能であることが極めて容易に理解されるものではない。

また、原告は、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能としたことの目的は、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるようにすることにあり、その効果はネックインの原因となる要因(樹脂の粘度、温度、押出圧力など)が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚のものが得られるようにすることにあることは自明である旨主張するが、原告が摘示する公報の記載からは、板状体の円弧のために押出圧力が弱くなり、樹脂の流量が少なくネックインによる幅方向の収縮を起しても全幅にわたり略均一肉厚のフィルムを得ることができることがわかるだけであり、板状体3とディケルバー5との相対位置を任意に選択できるようにすることにより、ネックインの原因となる要因が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚のものを得るという技術的思想が記載されているとすることはできない。

なお、原告は、円弧の長さは板状体3とディケルバー5の相対位置により定まることは明らかであるというが、板状体3の円弧の長さは一定のものであり、もしかりにディケルバー5を動かしても、板状体3に形成された円弧の長さが変化することは考えられないから、原告が前記のごとくいう理由がわからない。

してみれば、実用新案登録請求の範囲を、公告後の補正のように補正することは、実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものであり、公告後の補正は、特許法第六四条第二項で準用する同法第一二六条第二項の規定に違反するものである。

なお原告が主張するように、板状体3とディケルバー5との間にある程度の「間隙」があればその「間隙」に溶融状態で押出された樹脂が流入することが技術常識としてあり、また、その場合、流入する樹脂圧によつて極細のディケルバー5をリップ6側に圧着するように作用することがあるとしても、間隙を設けることが出願公告の記載から自明であるとはいえない。

板状体とディケルバーを動きうるように設ける場合には、工作精度の関係で両者の間にわずかではあるが、間隙を生ずるものが常である。本願出願公告された明細書で、「接触して若しくは所望間隙をもつて」と記載されているのはこのことを表わしていると解すべきものである。

そもそも、出願当初の明細書には、「この考案は合成樹脂フィルム成形用ダイにより成形されるフィルムのネックインを防止することを目的としたものである。」と、本願考案の目的を説明し、次いで、「このためネックインを防止することが合成樹脂フィルム成形における重要な解決課題とされているが、現状においては満足すべき解決方策が得られていないのが実情である。」と、ネックイン防止の解決方策が得られていないという現状を説明し、本願考案は、「フィルム全幅にわたり同一肉厚成品を得ることを可能にしたものである。」と説明されていたことからみると、本願考案は、合成樹脂フィルム成形におけるネックインを防止することをのみ解決課題としていたということができ、このことは、出願公告された明細書においても一貫して引き継がれている。そこで本件補正についてみるに、該手続補正は、出願公告された考案には、ディケルバー5をどのように配設するかについて何も条件がなかつたのに、新たに「リップ側に間隙をもつて」なる要件を追加加入することに相当し、しかも、この要件は、板状体3とディケルバー5との間に樹脂を流入させ、樹脂圧によりディケルバー5をリップ6側に圧着するという作用効果を奏するものとしているのであるから、この要件を追加加入することにより、補正後の考案においては、押出される樹脂がディケルバー5を越えて洩れるのを防止するという新たな課題が解決された、すなわち、新たな解決課題が追加されたことになる。

してみると、補正後の考案は解決課題を変更した、すなわち、技術思想を変更したものというほかない。

本件公告公報には、押出中の樹脂の流れについて、「一方肉厚は、最終的にはリップ6により決定されるが両端部は板状体3の円弧のため押出圧力が弱くなり、樹脂の流量が少なくネックインによる幅方向の収縮を起しても両端部の肉厚が厚くなることがない。」(第3欄二行ないし六行)と記載されている。この記載は、出願公告された考案では、ディケルバー5の先端部における樹脂の押出圧力を弱くすることを意図していることを示しているということができる。押出圧力を弱くすることを意図している以上、板状体3とディケルバー5の間に圧力をかけて樹脂を流入させることを意図していたとすることはできない。また、第2図では、樹脂の流れを示すとみられる線は、リップ6出口へと流れており、板状体3とディケルバー5との間に流れ込む線は示されていない。

(二) 考案の詳細な説明の補正について

原告は、間隙を設けたことによる考案の効果を一層明確にするため、補正事項(イ)を加えたものである。独立して出入可能としたことによる考案の効果を一層明確にするため、補正事項(ロ)を加えたものである、というが、補正事項(イ)及び補正事項(ロ)で加えられた効果は、明細書に記載されていなかつた別種の効果であり、新たな効果を加えることが明瞭でない記載の釈明にあたるとはいえない。

また、効果が加えられたということは、新しく課題が解決されたことを、すなわち、新しい解決課題が追加されたことに相当するものであり、補正事項(イ)及び補正事項(ロ)を加えることが、明瞭でない記載の釈明にあたるといえないことは明らかである。

また、もし仮に加えられた事項が、原告主張のように自明な事項であるとすると、自明な事項とは、それが記載されてなくても記載されているに等しいということであるから、これら記載を加えなくても、請求の範囲と考案の詳細な説明の間に矛盾は生じないし、考案の新規性・進歩性等に疑問が生ずるおそれはありえない。したがつて明瞭でない記載の釈明を原告主張のように解したとしても、補正事項(イ)及び(ロ)を加えることが、明瞭でない記載の釈明に当るとはいえない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1  出願公告後の補正適否の判断基準について

出願公告後の補正が、実用新案法第一三条で準用する特許法第六四条の規定に違反するかどうかの判断は、出願公告時の明細書及び図面の記載を基準とすべきことについては、当事者間に争いはないが、被告は、右補正は当然に、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書及び図面」という。)に記載した事項の範囲内でなければならないとし、原告は出願公告時の明細書及び図面の記載のみを基準として判断すべきであると主張するので、本件却下決定の適否の前提として、先ずこの点について考察する。

実用新案法第九条で準用する特許法第四〇条、第四一条、第四二条、第四四条、実用新案法第一三条で準用する特許法第五一条、第五三条、第五四条、第六四条、実用新案法第五五条第二項で準用する特許法第一七条ないし第一七条の三、実用新案法第一二条の各規定に照らし、先願主義制度のもとにおける考案の奨励保護の目的と考案者と第三者との間の利害の適正な調和の見地を総合して考慮すると、出願公告後の補正については、出願公告時の明細書及び図面の記載のみを基準として特許法第六四条に規定する要件具備の有無を判断すべきであつて、そのことは、本件の場合のように、仮に出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前の補正(以下「出願公告前の補正」という。)が、当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内であるかどうかが問題になる場合であつても、その補正が却下されることなく、手続上有効なものとして出願公告をすべき旨の決定がされ、出願公告がされている以上、その趣旨は変らないというべきである。何故ならば、かかる場合として出願手続上起りうる特許法第四一条の規定充足の有無看過は、密接に関連した技術開発内容の評価として判別困難なことによる場合が少なくないであろうし、登録後における第三者の利益保護との調節については、特許法第四〇条の規定による、所謂出願日の繰下げ適用による運用、解決が予定されていて第三者の保護に欠けることがない。他方、そうでないとして、出願公告前の補正によつて補正された明細書及び図面そのものによらず、当初明細書及び図面に遡つて判断されるとすると、特許法第五三条第一項の規定による補正却下がされない限り手続上有効な筈の補正を法文上の根拠なく無視することとなりうるし、これによつて出願人は特許法第五三条第四項の規定による新たな出願をする権利を特許庁側の手続の過誤・懈怠によつて奪われることになり、考案者にとつて苛酷な、不合理な結果となるからである。

したがつて、本件の場合、本件却下決定の適否は、出願公告時の明細書及び図面を基準にして判断すべきであつて、被告が主張するように、更に当初明細書及び図面を挙げてその当否を論ずべきではない。

2  本件却下決定の適否について

(一)  実用新案登録請求の範囲の補正について

<証拠>によれば、本願の出願公告時の明細書及び図面に相当する公告公報(以下「公告公報」という。)には、特に本願考案における板状体3とディケルバー5及びダイ1並びにリップ6とのそれぞれの相互位置関係を示す意味で重要な第1図における図示と、その説明において「板状体3の押出側端部に接触して若しくは所望間隙をもつてディケルバー5が板状体3と同様、フィルム押出方向に対して直角に出入可能に装置されている。」とある記載から、板状体3とディケルバー5との間に明らかに「間隙」が存在していることが認められる。

そして、「この考案は合成樹脂フィルム成形用ダイにより成形されるフィルムのネックインを防止することを目的としたものである。」「押出機より溶融状態で押出された合成樹脂はダイ1に送出され、この位置でダイ1の平行間隙2に挿入した板状体3により予め横方向(押出方向と直角方向)の幅を規制され出口に向うに従つて円弧4に沿つて多少拡張された後、ディケルバー5によつて完全に幅を決定される。」と記載されており、板状体3とディケルバー5との間に「間隙」があれば、その間隙に溶融状態で押出された樹脂が流入することは技術常識上明らかであり、流入する樹脂圧によつて極細のディケルバー5をリップ6側に圧着するよう作用することも自明のことといわねばならない。

そうすると、出願公告時の明細書及び図面には、そこに流入する樹脂圧によりディケルバー5をリップ6側に圧着する機能を有するものとして「間隙」を設けることが記載されているといわねばならない。

そして、右認定事実及び公告公報に「ダイ1の出口平行間隙2の両端部に装着した平行間隙と略同一厚さの板状体3及び該板状体よりもリップ6側に配設したディケルバー5を合成樹脂フィルム押出方向に対し直角に出入可能とし、」、「ディケルバー5が板状体3と同様、フィルム押出方向に対し直角に出入可能に装着されている。」、「板状体3より予め横方向(押出方向と直角方向)の幅を規制され出口に向うに従つて円弧4に沿つて多少拡張された後、ディケルバー5により完全に幅を決定される。一方肉厚は、最終的にはリップ6により決定されるが両端部は板状体3の円弧のため押出圧力が弱くなり、樹脂の流量が少なくネックインによる幅方向の収縮を起しても両端部の肉厚が厚くなることがない。従つて、成形フィルムの全幅にわたり略同一肉厚のフィルムを得ることができる。」、「両端部の樹脂流量を予めネックインによる収縮を見込み少なくすることにより完成品の肉厚を全幅にわたり均一にすることが可能であるから仕上加工を施す必要がなく、しかも製品の歩止まりを向上させることができる。」と記載され、第1図、第2図においても板状体3とディケルバー5とが別体として図示されているところからみて、材料樹脂の性状に応じて板状体3とディケルバー5の相対位置を任意に選択できるように、ディケルバー5を板状体3とは別個に独立して出入可能にし、もつてネックインの原因となる要因が変化してもフィルムの全幅にわたり均一な肉厚が得られるようにすることもまた、出願公告時の明細書及び図面に記載されているものというべきである。

そうすると、前記当事者間に争いのない本件却下決定の理由に照らし、実用新案登録請求の範囲の補正について、実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものであるとした本件却下決定の判断は誤つており、この補正は減縮を目的とするものであつて許されねばならない。

(二)  明瞭でない記載の釈明について

前(一)項認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告指摘(イ)の項に挙げる補正事項は、出願時の明細書及び図面に、板状体3とディケルバー5とを接触させておく場合と、所望間隙を設けておく場合との双方が記載されていた本願考案を、所望間隙を設ける場合に限定、減縮したことに伴い、その目的とする効果を奏する作用の由縁を一層明確にし、実用新案登録請求の範囲との間に矛盾を生じないようにしたものと認められ、また原告指摘(ロ)の項に挙げる補正事項は、出願時の明細書及び図面には、ディケルバー5か樹脂押出方向に対して直角に出入可能とする旨の限定しかなかつたものを、独立して出入可能とする旨の限定を加えて本願考案の要旨を減縮したことによる考案の効果を一層明確にし、実用新案登録請求の範囲との間に矛盾を生じないようにするためのものであることが認められる。

したがつて、右を(イ)、(ロ)の点に関する補正は何れも不明瞭な記載の釈明というべく、同じく前記本件却下決定の理由にてらし、本件却下決定のこの点に関する判断も誤つているものといわねばならない。

3  要旨認定の誤り

前記認定のとおり、本件却下決定は判断を誤つており違法であるから、この誤つた補正却下の結果本願考案の要旨を本件補正前の実用新案登録請求の範囲によつて認定した審決は、前示認定事実及び弁論の全趣旨に照らし、結論に影響を及ぼすべき判断の誤りがあるといわねばならず、違法であつて、取消を免がれない。

三<以下、省略>

(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)

別紙(参考)

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